10月のオアシス・セミナーは、講師が甲府市に住む在日韓国人のB.Nさんでした。歯切れのよい同氏の、定住外国人の地方参政権を求める論調には、同じアジア人それもついお隣りの、昔から交流の密接だった国への連帯感もあって、感銘深く聞かせてもらいました。オアシスは、Koreaへの関心をもっと具体化せねばならないな、とも思いました。
実は、たまたま10月にC.Bさん(42歳)という韓国光洲市の福祉関係者の方に、4日間ほど拙宅にホームステイしてもらいました。その際も、私はある意味のカルチャーショックを経験したのです。(そしてそのことは、C氏自身も同様だったと思います)。
私は、韓国の人々が今でも日本人にすごく敵愾心を持っているのではないかと、Cさんに尋ねてみました。彼の返事はこうです。
「そりゃ、当然でしょう。豊臣秀吉に散々侵略されたのは昔のこととしても、日清戦争のあと、日本に併合されて植民地としてのひどい苦しみを50年以上に渡って味わわされたのですから。日本はこれからも軍備を拡張して、もう一度アジアを支配するんじやないですか。」
「冗談じやない。日本人は戦争はこりごりだし、そんな力なんかあるわけはない。」と言っても、彼はなかなか納得してくれません。
「日本人は、今でもKoreaの人を民族的に見下していませんか。最近の韓国のベストセラーになった本の中に、こういう話が出ていますよ。ある日本人の娘が、黒人男性と結婚したいと言い出したので、父親は猛反対した。そしたら、彼女はこう言ったというのです。“いいわよ。もし黒人と結婚させてくれないんなら、あたし韓国人と結婚しちゃうから。”」
私は、この小話を一瞬理解できませんでした。ひどい。そんなの日本人への偏見だと思っても、実際にチョゴリ切り裂き事件が頻発した事実を考えても、まだまだ相互友好の道が遠いと実感せざるを得ませんでした。
Cさんは、来年はぜひ韓国を訪れてほしいと、心から別れを惜しんで山梨を去りました。
私は(そしてたぶん彼も)、この短いホームステイから大きなものを学んだと思います。それは、世の中を本当に変えていくのは、政治でも経済でもなく、互いの暖かい人間性理解と信頼であることでしょう。オアシスの今後の活動も(少し大袈裟ですが)、世界中の人々の心と心をつなぐ、一つの掛け橋になれば、と念じている次第です。
なお詳細は先生の著書『在日外国人』(岩波新書)をぜひお読みいただきたいと思います。『在日外国人』は1月にデータなどが新しくなり、(が発売されました。
「ニュー・カマーを考える時、必ずオールド・カマーのことをきちっとふまえる必要がある」というのが私の持論です。
外国人は、十年位前まで、社会保障制度からほとんど締め出 されていた.健康保険と年金は、自分で部分的に負担する。後 のものの財源は、外国人を含め、我々が払った税金。が、「外国人には児童手当を出せないから税金は八掛けでいい」とか 絶対言わない。日本の制度の中で、内外人を徹底的に平等に扱っ ているのは税金を取る世界。協定永住者からも税金は取り、社会保障は駄目。これに野党が文句を言ったという話は聞かない。 最近は言うのも出てきたが。1971年にできた児童手当法。「外国人からも税金をとっているんだから、児童手当を出すべき」 と質問した議員はいない。被用者健康保険法が1922年にできた が、在日朝鮮人は保険があるところになかなか就職できない。 朝鮮人を差別するため作ったと言われてもしかたない。
これらの制度が改正されたのが、1979年に、国際人権規約、1982年に難民条約に加入した時。サミットが始まり、世界と度外れたことはできなくなり、日本政府は、難民の上陸を初めて正式に認め、その後、定住許可を出し、後、定住枠500人を発表。
東京サミットの時、定住促進センター発表。難民達が日本で溶け込めるよう、外国人を取り締まることしか考えていなかった日本が、お金を使って努力をする。ところが、公営住宅は、外国人はオフリミットなので難民を入れられない。児童扶養手当
は、国籍条項により難民に出せない。
そのうち、フランスのル・モンドが、「日本の難民政策の後進性の背景は、伝統的、制度的な朝鮮民族に対する差別」と書いたりして、国際人権規約や難民条約、(1951年採択)に加入せ
ざるを得なくなった。それまで加入しなかったのは表@の△や
×を○に変えなければいけなかったから。インドシナ難民が発生していなかったらそのまま。黒船が来ると変わる。幕末と同
じ。野党、学者、新聞、何も言わない。そういう中で外国人は暮らしてきた。だから、「外国人は、日本では人間扱いされない」ということ。おそらくこれは、朝鮮や、中国が分断国家である事と関係する。過去の歴史について一番考えなければいけない国の事が、
東西冷戦下で直に降りかかってこない。そのうち、経済が膨らみら、だんだん大国意識が出てきて世界の超一流国になったと思
っている。ここ5〜6年、ひどいことをしたとやっと考えるよう
になった。同じような立場のドイツは、自分が二つに引き裂かれる形で、何をやったか問われ、隣国は、きゃっきゃっ言う。ド
イツは、ずーっと努力している。戦後40年の時、ヴァイッゼッカー大統領は、「過去に目を閉ざすものは、・・・」という演説を
ドイツが降伏した5月8日にした。日本の総理、中曽根さんは、
8月15日、東条英機を祀っている靖国神社に行った。僕は学生に「ヴァイツゼッカーの演説の中の『過去に目を閉ざすものは
・・・』とは中曽根さんのことを言った」と話した。ヴァイツゼッ
カーの演説を多少気にかけていれば、ヤバイなというセンスが働いてもいい。この8月15日、中国では南京大虐殺記念館、731部隊罪證陳列館がオープン。外務省は、総理官邸にこういう
情報を入れるべき。しかし、その後、総理大臣と外務大臣は、
靖国に公式参拝できない。私は1985年に戦争が終わったと思っ
たらいいと思う。1945年は、欧米との戦争の終わり。1985年にアジアとの関係の出発点が来た、と考えると丁度いい。こうい
う歴史の歪みを在日外国人の問題はしょってきている。
在日朝鮮人は、それまで、「朝鮮人だからしょうがない」と
泣き寝入りしていたが、70年代、「やっぱりおかしい、文句を
言おう」という空気が出てきた。日本の中、市民運動の中で、
民族差別が取り上げられるようになり、公営住宅への入居を認
めろとか、国民健康保険に加入させろとか次々にやり、道を開いてきた。
指紋押捺拒否もその延長線上に出てきた。「同一人性確認の
ため指紋が必要と言うが、何で外国人だけ指紋をとられるのか」
それが問題提起になって、法律上の義務を拒否し、警察に捕ま
ってもつっぱる。民団も総連もどこで誰が拒否したかわからな
いほどのうねりとなった。最後は日本政府の面子があったりし
て、韓国と転置するというようなことで少し変えたが。運動の力が大きかったと思う。
そういう形で、「等しからざるを憂う」ということが 日本でも共有化できるようになった。おそらくそういう素地の上に
ニュー・カマーの問題が出てきた。
1980年9月、新宿区役所でH.Jさん が拒否したのが、指紋闘争の最初。実際は取り始めた時から拒否は出ているが、日本人は見向きもしなかった。指紋押捺制度が導入された頃、西宮市職労が、「指紋を取る
のは、特別な仕事だから、特別勤務手当を出せ」とやったこと
がある(以降、指紋押捺制度廃止のため努力することを誓う)。
連帯という言葉はきれいだが、想像できない根の深い壁がある。
今、若い人は開けてきているし「私は差別したことない」と
か言う。意識してないのが一番困る。それに自分が加担してい
る感覚がない。朝鮮人は一票も投ぜられない。法律は日本国籍を持っている人が全部作る。みんな、それに協力している。そ
の感覚がない。この節、朝鮮学校の生徒に剃刀を入れる人は、たくさんいないと思うが、剃刀は取り出さなくても同じような
ことはずっとやってきた、と考えておく必要がある。
日系人がたくさん入ってきたのは「単純労働者」として自由に働いていていいから。しかし、どうしてそうなったのかよく分か
らない。働くというのは、誰かが雇っているということ。実は
誰が何で雇うのかが大きな問題であるが、そこは誰も関心を持
たない。外国人の事ばかり目が行っている。
90年の法改正というのは、要するにフィリピン人の首を切っ
て日系人を雇っておけばいいという政策を取ったということ。
愛知、静岡、神奈川は、ペルー人とブラジル人の合計が2万人
台になった県。共通点は、自動車産業が集中していること。
日本が世界に誇る自動車産業の下請け、孫請けに大量の日系人
が入ってきたという事実だけはわかった。1987年、愛知県下に
登録していたペルー人とブラジル人は、86人だったが、現在3
万人を超えている。どれくらい集中したかよくわかるが、自動車産業の下請けが特別に外国人を好んで雇ったということではない。背に腹は替えられない状態になってきたということ。日本人は、残業をさせるとやめちやうが、日系人は残業が楽しみ、
割増し賃金がつく。だから、日本の側に大変大きな問題がある
という認識を持たなければいけない。日系人が増えたことがこ
れを証明している。
ところが、
1993年6月に155,714人いたブラジル人が、1993年
12月には154,650人と減った。増えていたものが減った。これ
は、景気。日本側が雇わなくなった。要するに、経済が作った
需給バランスが、日本の外国人労働者問題の大枠をつくってい
ると考えたほうがいい。また、法務省発表のオーバーステイのデータによると、ぐん
ぐん増えていたのが、ほとんど横這い状態。つまり、景気が基本的に形を作ってきているといえると思う。
外国人の管理は、今、オンライン化されていて、成田に入る
と全部コンピュータに入り、出ていくとそこから消える。入っ
たけれど出国も、外国人登録も、ビザの延長もしていないと、
タイムラグはあるが、コンピュータでだいたいの数字がわかる。
固有名詞が全部わかる。しかし、どこにいるかは分からない。
資格外就労外国人判明数は、92年が62,161人、93年が64,341人
とあまり変わっていない。
−以下録音なく要約できず。− (文責 編集部)
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オアシスセミナー第W期第1回の報告は、今回間に合いませんでしたので次号とさせていただきます.遅れて申し訳ありません。
この間、新聞でもご存じのように、様々な相談がよせられ、スタッフは大忙しでした。1月の事務局会議の時は、オアシスの事務所に一度に9人
の方が相談に訪れ(付き添いの人もいましたが)、それにオアシスのスタッフが同数くらいいて、事務所は満員。暖房はいらなかったですが、床が
抜けないか心配したほどでした。
兵庫県南部地震(阪神大震災)では、関東大震災の時とは、マスコミの発達(?)など状況が違ったということもあり(本当に必要な情報を伝え
ていなかったという指摘もありますが)、「虐殺」というような悲劇はなく、在日韓国・朝鮮人と日本人がお互い助け合っていたとの報道にほっと
しました。これも関西という土地柄もあったのかなあと感じました。とはいっても、滞日外国人やホームレスの人達に関する流言はあったようです.
今回の震災への対応について、実に様々な問題が指摘されています。きちんと分析して教訓を活かしてほしい。また、いきたいと思います。(あ)
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